東西キリスト教、融和演出 出典:日本経済新聞 

ローマ教皇レオ14世は11月27日〜30日の期間に1700年前に開かれた『ニカイア公会議』を記念する宗教行事に参加するため、トルコを訪問しました。

トルコへの訪問は5月の教皇就任後初の海外訪問で、現地では東方正教会の指導者バルトロメオ1世と共同で祈りを捧げました。

他にも、エジプト、シリア、イスラエルのキリスト教指導者らと共に祈りを捧げ、キャンドルに火を灯す場面もありました。

教皇は今回の歴史的礼拝に際し、演説で「暴力と戦争に苦しむ人類は和解を望んでいる」と述べ、
「原理主義や狂信主義を正当化するために宗教が使われることを断固として拒否しなければならない。進むべき道は兄弟愛に満ちた交流、対話、協力だ」と話しました。

レオ14世は初の米国出身の教皇ですが、米国第一主義のトランプ大統領とは一線を画す立場を取り、

以前から米国で暮らす移民の現状に言及するなど、トランプ政権の政策を繰り返し批判してきました。
パレスチナ自治区ガザでの軍事衝突や、イスラム組織ハマスに関しても、イランの最高指導者ハメネイ師がパレスチナ支援をイスラム教信者の「義務」だと主張するなど、宗教が戦争を生みかねない状況が続いていますが、今回の宗教行事や教皇の姿勢からは異なる教派や宗教の融和を演出することで、世界の紛争の終結を呼びかけるものとなりました。

この記事で印象的だった点は「原理主義や狂信主義を正当化するために宗教が使われることを断固として拒否しなければならない。」

という教皇の演説の言葉でした。

宗教的対立を起因とする紛争は、全てにおいて矛盾しているような印象を持ちました。

私自身は特定の宗教の信者ではありませんが、どの宗教においても、信者の最終的な目標は救済や成長なのではないでしょうか。

「神の名の下に」とつければ何をしても良い、考え方が違うから敵という意味ではなく、お互いを助け、お互いを思いやり、お互いに成長していくための考え方の様に思います。

教皇の言葉には「なんのための宗教なのか」という本質に気づかせる意図がある様に思いました。

私は日ごろからアフターメンテナンスの業務を一人で進めることもたびたびあり、整備品の着手や納期が重なると工具や機械など、メンテナンス優先で使いたいという欲を出してしまうことがあります。

しかし一言でメンテナンス作業といっても、整備案件の獲得、客先とのコミュニケーション、消耗品の発注、交換部品の前加工、整備前後での検査など、様々な部門が互いに関わり合うことで初めて仕事をすることができます。「

メンテナンス作業のため」という理由を正当化して動いてしまう自分を律する必要があると自分の行動を省みるきっかけになった記事でした。