パレスチナ承認150カ国超に 仏大統領「虐殺止めよ」、日本は見送り
米ニューヨークの国連本部で開かれたパレスチナ和平会議で、フランスのマクロン大統領はパレスチナを正式に国家承認すると表明した。マクロン氏は「ガザの爆撃と虐殺を止める時が来た」と述べ、イスラエルにガザ攻撃停止を強く要請した。
イギリスやカナダも同様に承認を行い、パレスチナを国家承認した国は150カ国を超える。しかしアメリカや日本、イタリアなどは承認を見送り、主要7カ国の対応は分かれた。マクロン氏は「承認は交渉の道を開く」とし、 イスラエルとパレスチナが独立国家として共存する「2国家解決」の必要性を訴えた。
ただ、イスラエルのネタニヤフ首相は「テロに莫大な報酬を与えている」と批判し、「パレスチナ国家は誕生しない」と断言している。国際社会も一枚岩ではなく、各国の立場の違いが浮き彫りになっている。
今更ながら、パレスチナ問題についてぼんやりくらいにしか理解していなかった為、改めてこの問題を調べてみたところ、何がどうやって『あまりにも複雑で、宗教や歴史、政治的な思惑が幾重にも絡み合い、一般の人間には到底理解しきれない問題』なのか少しは理解ができました。
しかしその複雑さの陰で、最も多くを背負わされているのは、ただ日常を穏やかに生きたいと願う普通の市民です。大多数の人々は戦争を望んでいない。
それでも争いが終わらないのは、宗教や政治といった「正義」の名を借りた力が、人々の思いをはるかに超えて衝突し続けているからではないでしょうか。結局のところ、戦争を動かしているのは人々の憎しみや願いではなく、もっと深いところにある構造的な支配の仕組みや欲望なのだと思います。そう考えると、パレスチナ問題は単なる地域紛争ではなく、人間社会が抱える根本的な矛盾を映し出している鏡のようにも感じられます。そしてその鏡を前にしたとき、私たちは「平和を望む声」をどれほど大切にできるのか、まさに平和ボケをしていると揶揄される我が国日本にもその問いが鋭く突きつけられていると感じた記事でした。
